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「美と健康」で人生100年をもっと豊かに〈インタビュー〉

理化学研究所医科学イノベーションハブ推進プログラム副プログラムディレクター 桜田 一洋氏(理学博士)

桜田氏は、以前のインタビューで「Society5.0」について「合理性や効率とは異なる価値を創出して顧客自身がその価値を自ら選択し出会える仕掛けを作っていこうとする社会」と話した。そして顧客視点に転換することだと。人生100 年と言われるいま、美容や健康ビジネスに求められるものは何かを聞いた。

人生100年時代の美とは?

人生100 年時代には、競争で何かを得るというような価値観は馴染まないように思えます。もし仮に、「若さ= 美」だとしたら、競争の視点では「若さ」こそが、勝ちということになります。「若さ」を美の定義、正解、究極の美としてしまうと、それは人生100 年の中での美学には当てはまらないでしょう。色々な美のあり方を、個々が自発的に発見して、若さとは別のいろいろな美を創っていくことが重要になってきます。できるだけ若々しく元気であることを持続するだけの科学や技術の追求は、どこかで限界が来るように思うのです。
誰かが美の価値観を利用する社会でなく自発的に皆が生きる喜びを得る社会、これはある意味、我々自身が美を創るクリエイターになる時代です。年を重ねると、誰もが老眼になるし、肩はこる。色々なところの調子も悪くなってきます。だからこそ、若返りを目指すだけでなく、その変化を受け入れていくことも必要で、実はそこにこそマーケットは生まれていくと思うのです。

日本の魅力はどこに?

日本人は昔から、台風や地震といった出来事があっても黙って受け入れて生きてきました。このことが文化に奥行をもたらし、「おもてなし」につながっていったのかもしれません。
日本には非常に豊かな自然があります。自然は人を受け入れる力を持っています。しかし、それだけではビジネスにならないからプラスαの技術やサービスを加えることで、一人ひとりがもっと個性に合った美や健康を楽しめる「場」をデザインすることがビジネスの一つの方向になると思うのです。
IBM の従業員のアンケートで心理特性を分析した研究で、日本人はとても競争心が強いというデータがあります。競争心が強い人が「和」を以って生きようとした結果、日本の高度な文化や「おもてなし」の心が生まれたのでしょう。「おもてなし」は相手の個性を上手に生かすことです。好き勝手にさせることとは違います。京都では京都のルールの中で、その人の持っているものを引き出す。日本人はそういう文化の中で感性とか精神性を大事にしているから、何でもAI 化してしまおうとはしないのでしょう。全てを便利一辺倒にはしないのです。もし、社会が益々効率と競争に入っていくと、せっかくのこの日本の良さはなくなってしまうように思うのです。

データやAIでのパーソナライズが話題ですが

「パーソナライズ」のためには、いろいろなモノの見方をして、いろいろな人を受け入れることが大切です。もっと言うと自分の考えをけっして相手に押し付けないこと。この「自制心」と「寛容」を日本人は元々持っているのです。そのことを分かった上で、相手の個性を生かすビジネスを作っていけばいいと思うのです。自分は、何が好きで何が似合うのか、なかなか分からないものです。データとAIの時代では、自分のどこに黄金比があって写真映りが一番いい角度かを知ることができます。こんな助けを必要とする人も大勢いるのです。「あなたはこういう個性がある」と教えてくれて、3 つ位の提案があって、その中からこれをやってみたいと思わせてくれるビジネスこそが、次世代のパーソナライズしたビューティやウエルネスなのだと思います。

日本ならではのウエルネスとは?

ウエルネスや、ウエルビーイングとは、WHO の定義では、身体的、精神的、社会的に満たされている状態のことです。満たされるということは、「調和」しているということです。
例えば、満員電車に乗ってきて、駅に着いて、バスを待ってベンチに座っているとき、痛いところもなく、急ぎの仕事もなくて、秋なら秋の風や陽を感じる瞬間。それは、自然の中に「調和」している幸せな時間です。痛いところがあればそこばかり気になり、仕事に追われると、そのことばかり考えてしまって、そんな時は訪れないでしょう。ウエルネスとは、五感が情報を取り入れて、周囲の環境と調和した状態だとも言えます。その意味で温泉に浸かることは「調和」そのものです。一人で温泉に行くのが好きな人にとっては、身体と湯と自然の中で生まれる心地よい時間が何よりでしょう。温泉は癒しであり、おもてなしであり、パーソナライズなのです。天然の温泉はそれだけ懐が広いのです。リラックスするという身体的な効果とともに、風景や、自然から感じるものや、息子と入って背中を流し合うという精神的なプラスもあるはずです。そういうものが合わさる場だからこそ温泉は究極のウエルネスなのです。
これからはビューティやダイエットといった人間に近づく産業は、期待の産業です。コスメティックの場合も、メイクアップは、人間関係に影響をもったり自信にもつながります。一方でスキンケアは、自分自身の肌を触る幸せな時間を生みます。人間は色々なものを取り入れ自分の中で調和を完結できる「場」です。このように身体的なものと心との両方が満たされることがウエルネスの基本なのです。
このようにウエルネスを提供する環境やサービスを作っていくことがこれからのビジネスとしても、人生を彩り、人を幸せにするという意味でも非常に大切なことなのでしょう。

さくらだ かずひろ
バイエル薬品の執行役員などを務めた後、2008年よりソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。2016年から理化学研究所医科学イノベーションハブ推進プログラム副プログラムディレクター。理学博士。

 

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