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いまこそ「健康経営」がビジネスの新機軸に(山野美容芸術短期大学 教授 新井 卓二氏)

2010年にスタートした国の施策「健康経営」。大手企業の取り組みだけでなく中小企業や地方自治体で新たな動きや可能性が見えてきた。一方で、欧米で火が付いたフェムテックは、国内では2020年頃から大手企業の参入やスタートアップへの投資が始まり、それに応じて規制緩和や制度の見直し、産業育成のモデル事業の助成も始まった。ここ数年、女性の働き方、健康状態が問題視され、健康経営の枠組みでも働く女性の健康がクローズアップされるようになった。2つのキーワードから国内健康市場のこれからを探る。

「健康経営」で観光業を後押し

長引くコロナ禍で旅行者を呼び込むことが難しいと考える地域は多く、健康経営というキーワードでなら企業を通じて人を呼べそうだと考え、健康経営とツーリズムをあわせて展開しようとしている自治体が増えています。
以前からヘルスツーリズムに取り組んでいる山形県の上山市は現在、市内で健康経営企業を増やす取り組みを始め、その延長線上として将来はヘルスツーリズムとしても同市を訪れてもらうことを目指しています。すでに連携している生命保険会社と損害保険会社から年間1泊2日で100人以上受け入れている実績もあり、今後も支援してくれる企業を増やそうとしています。ヘルスツーリズムやウェルネスツーリズムが単独で軌道に乗るまでには、まだ時間がかかりそうです。
また、宮崎県では県内それぞれの市が健康経営の視点からワーケーションに取り組もうとしており、他の地域でも同様な活動をよく目にします。しかしオフィスさえ用意すればよいわけではなく、飛行機に乗る時間や到着してからの移動なども勤務時間にカウントするのかなど、ルール作りが急務です。それらも含めてワ― ケーションが業務効率の良い働き方といえるのかという課題もあり、なかなか難しいのが現状です。和歌山県白浜市はワ ―ケーションの代表事例としてよく紹介されますが、利用企業は先進的にリモートワークを推奨している日本航空とNTTデータ研究所ですから特別です。本格的な成功事例はこれからでしょう。

企業を誘致して医療費削減

今、全国の至るところで自治体が健康都市宣言をしていますが、それでも健康診断の受診率に変化は見られません。そこで、健康経営企業を増やすことで医療費削減を目指す取り組みが進められています。これまでのように保健所を介して国民健康保険の加入者に検診を勧めても、限界がありますが、企業の社会保険となると100%に近づくのです。愛媛県や茨城県をはじめ、地方公共団体は健康経営企業を増やすことで健診受診率を高める方向に舵を切ったことも理解できます。ある県では、健康経営企業を100社増やせば受診率が5%上がるとまで見越しています。

環境対策へも大きな期待

現在、地方が健康経営の企業を増やしたいもう一つの理由には、環境対策があります。茨城県つくば市が有名ですが、自転車の道路を整備しても結局みんな自転車を使わないのですが、企業が健康経営宣言をして自転車通勤やウォーキングを推奨してくれれば、車の交通量が減り、二酸化炭素が減るというロジックが成り立つからです。健康経営は医療費の削減だけではなく環境対策にもなるので健康経営企業を増やしたいようです。北海道の岩見沢市の健康経営都市宣言には、同様の背景があるようです。

新提案「健康経営銀行モデル」

私は今、新著(※)の中でも「健康経営銀行モデル」を提唱しています。これは健康経営で企業が強くなるという話だけではなく、健康経営でビジネスモデル自体を変えてしまおうという提言です。たとえばこれまで銀行は、企業や個人事業主と情報やお金を通じて関係性を築いてきたわけですが、今後は健康経営資源で繋がっていけるという考え方です。銀行は、実は数多くの健康経営資源を持っています。企業は地方であればあるほど健康経営に取り組みたくても資源がないので、それを銀行が提供することで関係性を持続する。そういったビジネスモデルを想定しています。つまり、健康経営サービスの一部を銀行が健康経営資産の一部を売ったり時間貸しするビジネスモデルが成り立つと考えています。銀行以外にも、ドラックストアでも考えられるでしょう。もちろん、健康・美容企業も健康経営と関連づけて考えることに大きな可能性がありますが、その際には「BtoBtoE」に適用するモデルづくりが重要になります。フィットネスクラブの大手では、健康経営企業に向けたオリジナル体操を作っています。食や運動や美容の事例は、これから次々と登場してくると思います。

もうひとつの軸「ウェルネスキャリア

今後企業は、これまでのような「人材開発」だけではなく、「ウェルネス(健康)キャリア」を考えることが求められるようになるでしょう。人材開発は従来入社時や管理職研修などが主流でしたが、これからは人生100年です。生涯現役社会になった時、企業は人材開発をしながらも、各世代に対して認知症予防プログラムやフレイル対策、アイケア対策までも行っていかなければなりません。これが、「ウェルネス(健康)キャリア」の概念です。企業側がウェルネスキャリアという考えにもとづいて、社員が80歳、90歳まで働く場合を想定し、どの段階でどのような研修を行うべきかを決めなければならないということです。長寿社会では、企業が受け持つ領域がものすごく増えるので、同時にそこに着目したサービスが求められるようになるということです。

あらい たくじ
山野美容芸術短期大学・教授。新井研究室主宰、日本ヘルスケア協会健康経営推進部会 副部会長、社会的健康戦略研究所 運営委員 特別研究員、健康行動ネットワーク advisor。明治大学ビジネススクールTA、昭和女子大学研究員、山野美容芸術短期大学講師を経て現職。著書『経営戦略としての「健康経営」』(共著、合同フォレスト)、「ヘルスケア・イノベーション」(共著、同友館)ほか

※最新著書「最強戦略としての健康経営」(同友館)

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