話題の人

森林体験を現代人の 健康や幸福感に繋げる((国研)森林研究・整備機構 森林総合研究所 チーム長(森林空間利用推進担当) 東京大学・筑波大学 非常勤講師 高山 範理氏)

森林・林業・木材産業の開発研究を行う森林総合研究所で、自然や森林環境がもたらす心理的、生理的な効果の測定・評価や森林空間のデザインに携わる高山氏。近年は林野庁の補助事業である「森林サービス産業」のモデル地域の調査事業で、企業の「健康経営」等に貢献する視点から森林空間の利用についてのエビデンスの評価・検討を行っている。

森林についてどんな研究を されていますか?

私は 2004 年から森林浴の研究に携 わっています。森林浴とは、森林空間内 をゆったりと散策したり、清涼な空気を 体内に取り入れたり、ヨガをしたりなど森 の中でリラックスを目指す体験のことで す。最初の頃は、森林浴に関係する森 林内の物理環境を測定していました。例えば、温熱環境や木漏れ日のゆらぎ、 森の中の音等です。森の中でセミの鳴き 声を聴いても、私たちは嫌な気分になり にくい。ところが、森林内のセミの鳴く音 を測ると70dB 位あり、「騒々しい」街頭 と同じ程度の音量なのです。こうした ギャップに興味をもち、徐々に人間側の 測定も行うようになり、今はそちらが主な 仕事になっています。

企業の「健康経営」の中で 活用されていく可能性は?

「森林サービス産業」(健康分野)の 目的の一つは、森林空間を企業の「健 康経営」に積極的に活用してもらうこと です。例えば、事業体や健康保険組合 等と協定を結んで、従業員の生活習慣 予防、メンタルヘルスケアや企業の社員 研修、福利厚生、ワーケーション、CSR 等に森林空間を利用してもらえるといい ですね。現在、「森林サービス産業」(健 康分野)に関連して林野庁補助事業のモデル地域となった複数の自治体が、都市部や地元の企業と協定を結び、地域 の森林を利活用しつつ、地域にお金を 落としもらう仕組みを構築しようとしてい ます。

協定を締結した企業の中には、地域 での宿泊やガイド利用の折に自社社員に 補助を出すところもあります。また、こう して利活用が進めば、企業(社員)や 利用者にとってのメリットになりますし、 地域を訪れる人が増えることで、ガイドの雇用やペンションなどの宿泊施設、関連産業にもメリットになるはずです。

森林サービスの実証事業で 新たにわかってきたことは?

私が調査を担当した静岡県の富士宮 市では、モニターツアーを開催して、ツ アー体験後の生理的効果と心理的効果 やその持続性について調査しました。心 理的な状態は環境によって変動しやすい ことから、これまで心理的効果はあまり 持続しないといわれていました。しかし、 ツアー参加者を対象に帰宅直後~3ヶ月 ほど継続的に調べてみたところ、指標に よっては心理的効果が2ヶ月後まで続いて いたことが分かりました。

その原因についてさらに調べてみると、 富士宮のツアーに参加した人達の中で、 帰宅後にスマートウォッチを買って着け始 めたとか、ツアーで作ったアロマウォー ターを毎日枕にスプレーしているとか、体験中の写真をプリントして部屋に飾ってい るといった参加者に限って効果が持続し ている傾向にありました。つまりツアーを きっかけとして、行動変容が生じた人達 に効果の持続性が認められたのです。

こうしたことから、ツアーでの体験を上 手く思い出したり行動変容に繋がる仕掛 けを、受け入れ側で積極的に働きかけら れれば、たとえ短期間のツアーであって も、持続的な予防・健康効果に繋げるこ とができそうなこともわかってきました。

これから、求められるエビデンスとは?

心身の健康や、「健康経営」に関する エビデンスはとても重要ですが、近年、 海外では、幸福や Well-being について のエビデンスが重要視されており、国内 でもこうした視点がとても大事だと考えて います。幸福は私達にとって最大の目標 であり、健康はそのための手段のひとつ だからです。

この点についてさらにお話すると、心 理的効果については、少し前から質問 紙を使用して、幸福(感・度)や Wellbeing の調査が可能でした。一方、生 理的効果についてですが、これまで幸 福ホルモン(セロトニンやオキシトシン等) を血液や尿から取り出していたのです が、近年では唾液から測定可能になり、 ようやく医療従事者でなくとも測定が容易 になりました。このような様々な指標を複 合的に使い、森林空間の利活用との関係を調べていくことが重要です。

次に、地域で実施する健康分野の「森 林サービス産業」にエビデンスがしっかり と実装されていくことが大切です。エビデ ンスは、企業が意思決定をする場合に貢 献し、森林空間の「健康経営」への活 用という新たな価値を生み出すことに繋 がります。そして、最終的には森林を擁 する地域に交流人口・関係人口の増加 や経済的なメリットをもたらすことに貢献 するでしょう。

最後に、逆説的ですが、総合的に森 林空間の利活用について推進していく場 合には、エビデンスさえあればよいという ことではないと分かってきました。多くの 場面において、エビデンスは貴重な情報 を提供してくれますが、それ自体が感動 を呼ぶことはありません。そこはむしろ体 験そのもの(ファクト)の領域だと思いま す。子供の頃に森の中で遊んだ経験や 観光で訪れた自然地での体験はよく覚え ていますよね。近年ではそれがその後の 自然への態度や人格形成などにも関わっ ていることが分かってきています。

つまり、エビデンスを絶対視することな く、ファクトもうまく併用しながら、森林空 間の利活用を推進してくことこそが、私達 の健康や幸福の増進にとって最も大事な のではないでしょうか。

たかやま のりまさ

森林環境の研究者。心理学的なアプローチから快適・ 健康・幸福をキーワードに“もり”と“ひと”を繋なぐ。

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