執筆者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術研究機構 食品研究部門 上級研究員 河合 崇行
食塩は、食品の製造や保存において非常に重要な素材である。小麦グルテンの架橋を強くして麺にコシを与えたり、パンに弾力性を与えたりする。雑菌の繁殖を抑え、発酵速度を制御することもできる。塩溶性タンパク質を変性させ、すり身に粘着力を与えるにも塩が必要である。それに加え、食塩がもたらす塩味は、甘味やうま味を引き立て、風味を強く感じさせてくれる。苦味を抑えることも知られている。好ましい匂いを強くし、嫌な臭いを抑える非常に都合の良い調味料である。
塩味は唾液を分泌させ、食物を噛んで出てきた味物質を口腔内全体に運んでくれる。個人的には、ご飯(白米)を食べたくさせる力が塩味の大きな魅力のひとつだと考えている。ご飯は脂肪が少なく水分含有量が高い。同じエネルギー量で比較すると、他の主食よりも少ない量で満腹感が得られる。ご飯を主食とする日本食が健康に良いと世界で認められている理由の一つである。
厚生労働省では、胃がん、心疾患、脳血管疾患などの生活習慣病のリスクを上昇させる原因物質として食塩の過剰摂取をあげている。過剰摂取というと、しょっぱいと思うものをたくさん食べることと考えがちであるが、厚労省が目標値とする『1日あたり7.5g未満(男性)、6.5g未満(女性)』からすると、普通の生活をしていても塩分過剰摂取に相当することになる。通常の食生活では、1日あたり10g程度の食塩を摂ってしまっているからだ。25%減らすことは、容易いことではない。
厚生労働省が公開している「国民健康・栄養調査」の統計をまとめたグラフによると、1980年から40年以上かけて25%減を達成している。1000kcalあたりの食塩摂取量の推移に換算すると、2005 年までは1980 年と同程度であるのに対し、そこから20年ほどで17%も減少している。急激に薄味生活が普及してきたものと考えられる。とはいえ、20年以上かけて進んでいた薄味化を数年で達成させることは、非常に難しいミッションである。
特に、この20年間で様々な塩味増強剤、減塩素材が開発されてきている。これらは、人々を薄味に慣れさせるのではなく、濃い味を維持しながら食塩摂取量を減らせるように設計されている。酵母エキスやアミノ酸、メイラード化合物は、減塩によって落ちてしまった先味や中味を持ち上げて、味が薄くなっていないように感じさせる素材である。香辛料は口腔内へ刺激を与えることで、強い味と認識させる素材である。和食素材の場合、減塩によって減った美味しさをダシで補うことができる。また、これらの素材の中には、ナトリウム塩をカリウム塩に置き換えた際に生じる独特のエグみをマスキングするよう作用するものもある。非常に美味しく仕上がっている市販の減塩食品も多くなっている。但し、塩味増強剤や風味改善剤を加えても、元の食品と同じ味に戻っているものは無く、薄味ではないのにご飯が進まない味になっているものが多い。
塩味の受容機構
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